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千葉地方裁判所 昭和37年(ワ)60号 判決

原告 刈米音次郎 外二名

被告 小尾幾一

主文

一、被告は、原告刈米音次郎に対し、金一、六二三、八五八円及び之に対する昭和三七年三月一四日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を、原告刈米祐司及び同刈米広子の両名に対し、各金一、一二三、八五八円及び之に対する右同日からその支払済に至るまでの右と同一の割合による金員を、夫々、支払はなければならない。

二、原告等のその余の各請求を棄却する。

三、訴訟費用は、之を一〇分し、その一を原告等の連帯負担、その余を被告の負担とする。

四、この判決は、原告等に於て、共同して、金五〇〇、〇〇〇円を供託するときは、第一項について、仮に、之を執行することが出来る。

事実

原告等訴訟代理人は、

被告は、原告音次郎に対し、金一、八〇〇、七二三円及び之に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を、その余の原告両名に対し、各金一、二五四、一九三円及び之に対する右同日からその支払済に至るまでの右と同一の割合による金員を支払はなければならない、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告刈米音次郎は、訴外亡刈米照子の夫、原告刈米祐司及び原告刈米広子は、その子であつて、被告は、海苔の仲買業を営み、小型自動四輪車(以下、本件トラツクと云ふ)を所有し、之を自己の為めに運行の用に供して居たものである。

二、右訴外照子は、昭和三五年一二月六日午後一時四五分頃、買物に出ての帰途、原告広子(当時二歳)を背負つて、千葉県市原市姉崎町姉崎一、五〇八番地々先の、同市五井町方面から木更津市方面に通ずる国道左側を、東方から西方に向つて、歩行中、後方から同一方向に向つて、時速約四〇キロの速度で進行して来て、歩行中の右訴外照子の右側附近で運転を誤り横転した被告の運転する本件トラツクの下敷となり、その為め、右訴外照子は、頭蓋底骨折の、原告広子は、頭蓋骨皹裂骨折、脳損傷等の、各傷害を蒙り、その結果、右訴外照子は、同日午後二時五〇分頃、同市五井町南総病院に於て、死亡するに至つた。

三、而して、被告は、前記の通り、本件トラツクを自己のために運行の用に供して居たものであるところ、その運行によつて、右訴外照子の生命を害したものであるから、自動車損害賠償保障法第三条の規定によつて、右訴外照子及び原告等が、それによつて蒙つた損害の賠償を為すべき責任を負ふて居るものである。

四、而して、

(1)、右訴外照子は、昭和七年五月一一日生で、昭和二九年一一月中、原告音次郎と婚姻同棲し、(但し、婚姻の届出を了したのは、昭和三〇年一一月二日)、同三五年一二月五日、夫婦共に、訴外刈米さきの養子となり、爾来、刈米家にあつて、夫である原告音次郎と共同して、海苔の生産業を営み、傍ら、田一反五畝七歩、畑三畝歩位を耕作し、右海苔の生産については、海苔さく一六本半を所有し、その生産物の年間売上高は、平均金七〇〇、〇〇〇円であるところ、資材費として、年間平均金一〇〇、〇〇〇円、人件費として、年間平均金一〇〇、〇〇〇円を要するので、右海苔の生産による年間収益高は、平均金五〇〇、〇〇〇円であり、又、右水田の耕作による収穫高は平均米一二俵であるところ、米一俵の価格は金四、〇〇〇円であるから、その価額の合計額は金四八、〇〇〇円であり、右畑の耕作による収穫額は、年間平均、えんどう豆金五〇、〇〇〇円、その他の野菜類金一二、〇〇〇円であるところ、右田畑の耕作には、労働力の補助として、年間延九〇人分の補助者の雇入を必要とし、その手間賃は、一人金四〇〇円、合計金三六、〇〇〇円であるから、右田畑の耕作による年間収益高は平均金七四、〇〇〇円であり、従つて、右訴外照子がその夫と共同して得て居た年間収益高は、平均金五七四、〇〇〇円となるものであるから、右訴外照子の一人分の年間収益は、金二八七、〇〇〇円となるものであるところ、右農業の肥料代及び生活費は、右訴外照子一人について、年間平均金一二〇、〇〇〇円を要したので、その年間純益は、金一六七、〇〇〇円となるものであり、然るところ、右訴外照子は、その死亡の当時、身体健全で、その年齢は満二八年であつたものであるから、なほ、四二年間は、稼働し得たものであり、従つて、その間に於て得べかりし収益の総額は、合計金七、〇一四、〇〇〇円となるものであつて、之をホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して現在額に引直すと、その額は、金二、二六二、五八〇円(銭以下切捨)となるものであるところ、右訴外照子は、前記事故によつて死亡し、右得べかりし利益を失うに至つたものであるから、之によつて、同額の損害を蒙つたものであり、従つて、同訴外人は、被告に対し、同額の賠償請求権を取得するに至つたのであるが、同訴外人は、前記の日に死亡したので、その相続人である原告三名は、各自、その三分の一宛の額である金七五四、一九三円(銭以下切捨)宛を相続し、被告に対し、各自、同額の損害賠償請求権を承継取得するに至つたものである。

(2)、而して、原告音次郎は、昭和七年二月一五日生れで千葉県立千葉工業学校を卒業したのち、明治大学法学部に進みこれを二年で中退し、本件事故当時は、住居地部落世話人代理、漁業組合総代を為して居り、町では中流以上の生活をして居るものであるところ、前記の通り、昭和二九年一一月中、前記訴外照子と婚姻し、長男である原告祐司、長女である原告広子の両名を儲け、右訴外照子は、新制高等学校を卒業し、和裁、洋裁、編物、華道に堪能で、万事にそつがなく、養母や右原告音次郎の実親にもよくつかえ、原告宅の収益の半分以上は同人が稼いで居たもので、妻として全く申分がなく、右原告音次郎は、前記事故によつて、この妻を失ひ、悲嘆落胆し、その上、老母と右二児とを抱え、一時は、全く生きる希望さへも失ふに至つた程であつて、今後の人生行路は暗澹たるものとなり、精神上、甚だしい苦痛を蒙つて居るものであつて、之に対する慰藉料の額は、金一、〇〇〇、〇〇〇円と算定するのが相当であり、

(3)、又、原告祐司及び同広子の両名は、幼くして(当時祐司は五歳、広子は二歳七ケ月)その母を失ひ、今後成長するに従つて受ける苦痛は甚だしいものがあるのであるから、右両名の精神上の苦痛に対する慰藉料の額は、各自、金五〇〇、〇〇〇円と算定するのが相当であり、

(4)、尚、原告音次郎は、右訴外照子の死亡によつて、左記内訳による葬式費用合計金四六、五三〇円の支出を余儀なくされ、同額の損害を蒙るに至つたので、之についても、被告に対し、その賠償請求権を有するものであり、

右葬式費用の内訳。

(1)、金一三、三九〇円。

右は、酒代、調味料代、雑貨代等の合計額である。

(2)、金五〇〇円。

右は、天ぷらの代金である。

(3)、金二二、〇三五円。

右は、魚屋に対して支払つた魚その他の代金である。

(4)、金二、六一五円。

右は、棺桶用材料費である。

(5)、金九九〇円。

右は、仏具等の代金である。

(6)、金七、〇〇〇円。

右は、改名料金五、〇〇〇円及び御布施金二、〇〇〇円の合計額である。

(5) 、従つて、被告に対し、原告音次郎は、合計金一、八〇〇、七二三円の原告祐司及び同広子の両名は、合計金一、二五四、一九三円の、各損害賠償請求権を有するものである。

五、仍て、被告に対し、原告音次郎に金一、八〇〇、七二三円及び之に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金の、原告祐司及び同広子の両名に各金一、二五四、一九三円及び之に対する右同日からその支払済に至るまでの右と同一の割合による損害金の、各支払を命ずる判決を求める。

と述べ、

被告の主張に対し、

一、本件事故の発生が不可抗力によるものであつて、被告に責任がない旨の主張、並に被告に過失があつたとしても、それと本件事故との間には相当因果関係がない旨の主張は、共に、之を否認する。

本件事故は、被告が本件トラツクの運転を誤つた結果、発生するに至つたものであるから、その責任は、挙げて被告にあるものである。

二、海岸の埋立による損失について、漁業補償金の支払を受けたことは、之を争はないが、その補償金の支払を受けたからと云つて、将来に於ける収入が皆無になるものではなく、他の方法による収入は当然之を得ることの出来るものであるから、之を失へば、それによる損害の生ずることは、当然の事理である。従つて、右補償金の支払を受けたことは、将来に於ける収益の取得とは無関係であつて、原告等は、右漁業による収益の額を、前記訴外亡照子の得べかりし利益の算定の基礎と為すことが妥当であることを主張して居るものである。

三、尚、原告音次郎が、被告主張の保険金を受領したことは、之を認める。

と述べ、

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする、旨の判決を求め、答弁として、

一、原告等主張の請求の原因第一項乃至第三項の事実は、被告が本件トラツクの運転を誤つたと云ふ点及び被告に損害賠償の責任があると云ふ点を除き、全部、之を認める。

二、本件事故の発生については、左記理由によつて、被告に責任はないのであるから、それによつて生じた結果については、被告には何等の責任もないのである。

(イ)、本件事故現場の道路北方即ち本件自動車が本件事故当時進行した方向の右側一帯は、一面の水田で、海岸につらなり、当時は、一〇メートル前後の風が海岸方面から吹いて居り、被告は、前方を歩行する被害者を認めたので、事故の発生を未然に防止する最善の注意を払つて進行したのであるが、被害者の右側附近に至つたとき、折柄、吹き来たつた風の力によつて、その運転した本件トラツクが左側に横転し、本件事故が発生するに至つたものであるから、本件事故は、不可抗力によるものであり、従つて、その事故によつて生じた結果については、被告には、全然責任のないものであり、

(ロ)、仮に、被告に若干の過失があつたとしても、前記の様に、風力が加つて発生するに至つた本件事故に於ては、その過失と被害者の死亡との間に偶発的な因果関係があるに過ぎないものであつて、相当因果関係はないものであるから、本件事故によつて生じた結果については、被告には責任のないものである。

三、而して、本件事故の発生については、前記の通り、被告に責任はないのであるから、被告は、それによつて生じた損害の賠償義務のあることを争うものであつて、仮に、被告にその賠償の義務があるとするならば、原告等主張の額の損害が生じたことは、左記の通り、全部、之を争うものである。

(1)、訴外照子が、本件事故によつて死亡した結果、原告等主張の得べかりし利益を失ひ、その主張の額の損害を蒙つたことは、之を争う。

海苔の生産については、海岸の埋立によつて、その生産が不可能となり、而も、それについては、漁業補償金の支払が為されて、その損失の全額が補償されて居るのであるから、海苔の生産を為し得なくなつたことによつて、得べかりし利益を失ふに至つたと云ふことは、あり得ないところであり、従つて、それによる損害の発生は皆無であり、又、農業収入については、田一反五畝七歩から収穫される水稲は、約一二俵半であつて、一人の年間消費量は、約二俵半であるから、純収穫量は一〇俵であるところ、一俵の価格は金四、〇〇〇円であるから、年間収益高は金四〇、〇〇〇円であり、畑三畝から得られる収益額は、年間約金六、〇〇〇円程度であり、従つて、右訴外照子が農業によつて得て居た年間収益額は、右合計額の二分の一である金二三、〇〇〇円であつて、同人の余命年数が原告主張の通りであるとすれば、その間に於て得べかりし額は、合計金九六六、〇〇〇円であり、之をホフマン式計算法によつて、年五分の中間利息を控除し、現在額に引直すと、その額は、金三一一、六一三円(四捨五入)となるに過ぎないものであるから、右訴外照子の得べかりし利益を失つたことによる損害の額は、右の程度に過ぎないものである。

(2)、原告等主張の慰藉料の額は、孰れも、之を争う。

(3)、原告音次郎が、右訴外照子の葬式費用として、合計金四六、五三〇円の支出を為して、同額の損害を蒙つたことも亦之を争う。

(4)、尚、原告音次郎は、昭和三八年二月一八日、自動車損害賠償保障法による保険金として、合計金四五五、一三五円の支払を受けて居るのであるから、右額は、損害の額から控除せらるべきものである。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、訴外刈米照子が、昭和三五年一二月六日午後一時四五分頃、千葉県市原市姉崎町姉崎一、五〇八番地先国道を歩行中、後方から進行して来て、右訴外照子の右側で、左側に横転した被告の運転する本件トラツクの下敷となり、頭蓋底骨折の傷害を受けて、同日午後二時五〇分頃、同市五井町南総病院で死亡するに至つたこと、右トラツクが被告の所有で、被告が之を自己の為めに運行の用に供して居たものであること、及び原告刈米音次郎が右訴外亡照子の夫、原告刈米祐司が右夫婦間の長男、原告刈米広子がその長女であることは、孰れも、当事者間に争のないところである。

二、右事実によると、被告は、自己の為めに本件トラツクを運行の用に供し、之によつて、前記訴外照子の生命を害したことになるものであるから、自動車損害賠償保障法の規定によつて、右訴外亡照子及び原告等がそれによつて蒙つた損害の賠償を為すべき義務を負ふて居るものである。

三、然るところ、被告は、本件事故は、風圧による自然力によつて発生するに至つたものであるから、不可抗力の事故であり、仮に、被告に若干の過失があつたとしても、之に風圧による自然力が加わり、而も、その結果の発生は、自然力によるものであるから、被告の過失とその結果との間には相当因果関係がなく、従つて、被告には、前記法の規定による責任はないと云ふ趣旨の主張を為して居るのであるが、証拠調の結果によると、右の様な事実のあることは、全く、之を認めることが出来ず、却つて、右事故は、被告が本件トラツクの運転を誤つた結果、発生するに至つたものであつて、被害者には全然過失がなく、右事故の発生については、挙げて、被告にその責任のあることが認められるので、被告の右各主張は、その理由がないことに帰着するから、孰れも、之を排斥する。

四、仍て、右訴外亡照子及び原告等が蒙つた損害の額について、審按するに、

(1)、右訴外照子がその生命を失つたことによつて蒙つた損害について。

損害の額の算定については、生命そのものの価値を直接に算定することは、不可能な事柄に属するので、生命の価値を評価して、直接にその額を算定すること自体は、之を為すことの得ないものであるけれども、その生命を宿して居たところの肉体は、財貨獲得の原動力たるところの労働力の源泉であつて、而も労働力は、金銭的価値を有するところのものであるから、右肉体は、労働力の源泉として、その金銭的評価を為し得るものであると云はざるを得ないものであり、然るところ、生命を失へば、それを宿して居たところの肉体は死滅し、労働力の源泉は、之によつて失はれるに至り、之に伴つて、その価値も亦消滅に帰するに至るものであるから、それを失ふことによつて、死者が損害を蒙るに至ることは、当然の事理であり、而して、労働力の源泉としての価値は、それから日々に湧出するところの労働の価値によつて、之を評価するのが相当であると解されるので、その源泉を失ふことによつて蒙るところの損害は、その源泉が存続して枯渇するに至るまでの間に湧出した全労働の価値を失ふことによつて蒙る損害と等値であると云ひ得るものであるところ、日々に湧出するところの労働の価値は、終局に於て、それと交換されるに至るところの貨幣価値と同値であるから、右源泉から湧出する全労働の価値は、それと交換されるところの貨幣価値全体と同値であると云はざるを得ないものであり、然るところ、日々の労働は、その源泉から、再生産によつて、日々湧出し来たるものであるから、その再生産に要する費用即ち生活費は、右価値から控除されなければならないものであると云はざるを得ないものであり、従つて、右全労働の価値を、収益的価値即ち得べかりし純益として評価すれば、その全価値から右再生産費全額を控除した残額が即ちそれとなるものであるから、労働力の源泉を失ふことは、即ち、右得べかりし純益を失ふことになるものであり、而して、右純益を失ふことは、それによつて、右失はれた純益と同額の損害を蒙るに至るものであると解し得られるものであるところ、生命を失ふことは、それが宿つて居た肉体が死滅することであつて、それに伴つて、労働力の源泉が失はれるに至るものであることは、前記判示の通りであるから、生命を失ふことによつて蒙る損害の額は、間接的な評価ではあるが、右労働力を失ふことによつて、失はれるところの得べかりし前記純益によつて、之を評価算定するのが相当であると解されるものであり、而して、従前から行はれて居るところの得べかりし利益の算出による損害額の確定は、以上の判示をその基礎とするものであると解し得られるので、従前のそれは、妥当な算定方法であると云ひ得るものであるところ、右方法による算定基準は、死者が死亡当時に得て居た、その労働による収益額をその基準とするのが最も妥当であると解されるので、前記得べかりし利益の額の算定については、右額を基準とするのが相当であると云ふべく、従つて、本件に於ても、右に従つて、その損害の額の算定を為すべきものであるところ、証拠調の結果によると、右訴外亡照子の夫である原告音次郎は、海苔、蛤、浅蜊について、漁業権を有し、之に基いて、右訴外亡照子は、その死亡の当時、その夫と共に、漁業を営み、傍ら、その夫と共に、その夫の所有に係る水田一反五畝七歩、畑三畝歩を耕作し、之によつて、収益を得て居たものであることが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はなく、而して、証人西田甚一、同大久保元雄、同外山四郎の各証言並に原告音次郎本人の供述とを綜合すると、右両名は、海苔の生産によつて、平均年間金八〇〇、〇〇〇円、蛤及び浅蜊の生産によつて、平均年間金二〇〇、〇〇〇円、平均年間合計金一、〇〇〇、〇〇〇円の収益を得て居たこと、及び経費として、資材費平均年間金一〇〇、〇〇〇円、人件費平均年間金一〇〇、〇〇〇円、平均年間合計金二〇〇、〇〇〇円の支出を為して居たことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はないので、右両名は、漁業によつて、平均年間金八〇〇、〇〇〇円の収益を得て居たものであると云ふべく、又、右各証拠を綜合すると、右両名は、水田一反五畝七歩を耕作して、平均一二俵の米を生産し、その裏作として、平均年間金五〇、〇〇〇円のさやえんどうを生産し、又、畑三畝歩を耕作して、平均年間金一二、〇〇〇円の野菜類を生産して居たこと、及び米一俵の価格は平均金四、〇〇〇円であつて、その一二俵の価額は、平均金四八、〇〇〇円となること、並に右田畑の耕作については、経費として人件費平均年間金三六、〇〇〇円、肥料代年間金一二、〇〇〇円、平均年間合計金四八、〇〇〇円を要したことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はないので、右両名は、右田畑を耕作することによつて、平均年間金六二、〇〇〇円の収益を得て居たものであると云ふべく、従つて、右両名は、漁業を営み、傍ら田畑を耕作することによつて、平均年間金八六二、〇〇〇円の収益を得て居たことになるものであるところ、之に対する諸税の額は、平均年間四分と認定するのが相当であると認められるので、之を控除すると、その残額は、金八二七、五二〇円となるものであり、而して、証拠調の結果と弁論の全趣旨とを綜合して、考察すると、右収益の内、右訴外亡照子の所得に帰するべき額は、金三〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められるので、同人がその死亡の当時に得て居た収益は、平均年間金三〇〇、〇〇〇円であつたと云ふべく、然るところ、当裁判所に顕著な事実であるところの、千葉県下に於ける兼農漁業生活者の生活状況に照すと、その家族の一人当りの平均年間生活費は金五〇、〇〇〇円であると認定するのが相当であると認められるので、之を控除すると、右訴外亡照子がその死亡の当時に得て居た平均年間純益額は金二五〇、〇〇〇円となるものであり、而して、同人が死亡の当時、満二八歳で、心身共に健全であつたことは、弁論の全趣旨に照し、当事者間に争のないところであると認められ、又、心身共に健全な満二八歳の女性の平均余命が四二年であることは、当裁判所に顕著な事実であつて、これ等の事実と証拠調の結果によつて認められるところの原告音次郎の職業、家庭の状況、その他とを綜合すると、右訴外亡照子は、なほ、三〇年間稼働し、右と同額の平均年間収益を挙げ得たものであると認定するのが相当であると云ふべく、従つて、その間に於て、得べかりし利益の総額は、金七、五〇〇、〇〇〇円となるものであるところ、その生命を失つて、之を得ることが出来なくなつたものであるから、右訴外亡照子は、その生命を失つたことによつて、右と同額の損害を蒙るに至つたものであると云ひ得るものであり、而して、年五分の割合による中間利息を控除して、之を現在額に引直すと、その額は、金三、〇〇〇、〇〇〇円となるものであるから、同人の蒙つた右損害の現在額は、右の額となるものであるところ、原告等主張の額は、それより少額の金二、二六二、五八〇円であるから、その額は、右額であると認定せざるを得ないものであり、

然るところ、被告は、原告音次郎の有した漁業権は、右訴外亡照子の死亡後、海岸の埋立によつて、消滅に帰し、而もそれによる損失に対しては、漁業補償による補償金の支払が為されたのであるから、漁業による得べかりし利益を失ふと云うことはあり得ないところであり、従つて、右訴外亡照子が、右得べかりし利得を失ひ、それによつて、損害を蒙ると云ふことはあり得ないところであると云ふ趣旨の主張を為し、右原告音次郎が、右訴外亡照子の死亡後に於て、右漁業権を失ひ、その損失の補償として、補償金の支払を受けたことは、当事者間に争のないところであるけれども、右訴外亡照子が、その死亡の当時、右漁業によつて得て居た収益は、前記判示の通り、その生命の侵害に対する損害の額を算定する基礎事実となるものではあるが、将来に於て、現実に、それによつて得る収益は、右算定には無関係な事実であるから、右訴外亡照子の死亡後に、右漁業による収益が皆無になつたことは、右算定には無関係な事実であり、従つて、被告の右主張は、無意味なそれであつて、結局、理由がないことに帰着するものであり、

(2)、右訴外亡照子の右損害賠償請求権の相続について。

然る以上、右訴外亡照子は、被告に対し、金二、二六二、五八〇円の損害賠償請求権を有したことになるものであるところ、原告等は、その夫及び子として、右訴外亡照子の死亡によつて、右権利の三分の一宛を相続したことになるものであるから、原告等は、之によつて、被告に対し、各自、金七五四、一九三円宛の損害賠償請求権を有することになるものであり、

(3)、慰藉料について。

而して、右訴外亡照子の死亡によつて、原告等が、その夫及び子として、精神上の苦痛を蒙つたことは、多言を要しないところであつて、右訴外亡照子の死が、全くの不慮の死であると云ひ得るものであること、原告音次郎が、年若くして、その最愛の妻を失つたこと、その余の原告等が、幼くして、その慈母を失つたこと、及び本件に現はれた証拠によつて認められるところのその余の諸事情を綜合すると、右精神上の苦痛に対する慰藉料の額は、原告等各自について、夫々、金一、〇〇〇、〇〇〇円と算定するのが、相当であると認められるところ、原告音次郎を除くその余の原告両名は、その額を右額より少額の金五〇〇、〇〇〇円と主張して居るので、原告音次郎については、金一、〇〇〇、〇〇〇円、その余の原告等両名については、各自、金五〇〇、〇〇〇円と認定すべきものであり、

(4)、葬儀の費用について。

而して、原告音次郎が、右訴外亡照子の死亡によつて、その葬儀費として、その主張の内訳による合計金四六、五三〇円の支出を為すことを余儀なくされ、之と同額の損害を蒙つたことは、原告本人音次郎の供述と之によつてその成立を認め得る甲第一五乃至第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇号証とを綜合して、之を認定することが出来るものであり、

(5)、従つて、原告音次郎が蒙つた損害の額は、その相続した分を含め、合計金一、八〇〇、七二三円、その余の原告等の蒙つた損害の額は、その相続した分を含め、各自、合計金一、二五四、一九三円宛となるものである。

五、然るところ、原告音次郎に於て、自動車損害賠償保障法による保険金を受領したことは、当事者間に争がなく、而して、右原告が受領した額は、原告の申立によつて、調査の嘱託を為し、且、当裁判所が当公廷に顕出した自動車損害賠償責任保険千葉共同事務所長小柳賢次の回答書によると、合計金四三七、五三五円であることが認められるところ、(同回答書によると、外に金一七、六〇〇円の支払の為されたことが認められるが、これは、右訴外照子と共に、本件事故によつて傷害を受けた原告広子に対するものであることが、右回答書によつて認められるので、この分は、本件とは無関係のものである)、右金員は、その性質上、先づ、葬儀費に充当するのが相当であると認められるので、之を前記認定の額の葬儀に充当すると、その残額は、金三九一、〇〇五円となるものであるところ、この残額は、原告等各自に、平等の割合を以て分配し、夫々の損害額に充当するのが相当であると認められるので、之を三分すると、各自に対する分配額は、金一三〇、三三五円宛となるので、之を各自の損害額に充当すると、その各残額は、原告音次郎の分は金一、六二三、八五八円、その余の原告両名の分は各自金一、一二三、八五八円となるものである。

六、然る以上、原告音次郎は、被告に対し、金一、六二三、八五八円及び之に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが当裁判所に顕著な日である昭和三七年三月一四日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金の支払を、その余の原告両名は、各自、被告に対し、金一、一二三、八五八円及び之に対する右同日からその支払済に至るまでの右と同一の割合による損害金の支払を、夫々、求め得るから被告に対し右各支払を命ずる判決を求める部分の各請求は、孰れも、正当であるが、その余は、その支払を求め得ないから、その余の部分の請求は、孰れも失当である。

七、仍て、原告等の請求は、孰れも、右正当なる部分のみを認容し、その余は、之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条を、各適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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